運の流れ・株式投資・仕入れ旅行記など・・・。

2018年8月6日

「四柱推命空ぼうなんやけど・・・。」
「悪いこと続くねん・・・。」
「運命ってありますか・・・?」
「運悪い人は一生悪いの・・・?」
この記事はそんな方へ向けて書いています。

基本、運悪いのによい時がありました・・・。

不思議と誰でも運良い悪い時って人生の中でなぜか「バイオリズム」のような流れがありますよね・・・。

私は基本、子供の頃から不成功体験しか経験できづに生きてきました・・・。

DNAってこわい・・・。

低能連鎖→無学歴→仕事続かない→無職→貧乏→誰も相手にしない→孤独→精神破壊←今ここ

でも以外と生活が楽な時期もありました。

中国株

1998年仕事クビになったのですが、前々から故邱永漢さんの本を読んで中国株を購入していたので株のネット取引に興味がありPC購入を考えてたのですが、ちょっと難しそうだし、ホコリかぶりそうな予感から買い渋ってたのですが、たまたまバイト先で知り合った「仮名浜本以下浜本」さんがPC保持者だったのでその人に聞いてみたところ、その人いわく、ネット取引ぐらいやったら、すぐわかるでと言うことで購入に踏み切りました。

 

1996年頃に読んだ邱さんの本では当時中国本土株は中国国内投資家向けのA株市場と国外投資家向けのB株市場があり同じ銘柄でもA株とB株で5倍の差があるのでB株の価値は将来5倍になるよと書いてたので私は北京、上海に行って自分の目で見て納得したりもしました・・・。

参考文献:邱永漢(著) 本の題名は解りませんが、B株の価値は将来5倍になるよと。と本に書いてた記憶です。

しかし私は当時、車が欲しいのと株を購入したいと綱引き状態で

必死で貯めた金で、400万近い車と100万程の中国株を買いました。(車は安いのにしとけばよかった・・・。)

 

私が初めて、おみくじで大吉を引いた年で2001年でした。

日経でその記事は載ってました。

中国国内投資家にも開放との報道後6か月で持ち株は5倍に上がりました。

 

その後日雇いの仕事をしてたのですが、景気が悪くなるにつれて仕事を干され始め、月1日とかの仕事量で食べていくことは困難になってきました。

タイに商品仕入れ旅行

当時30代中旬、ITバブルが崩壊後の2002年頃読んだ本で題名などは捨ててしまって解らないのですが

タイに商品を仕入れに行く個人店を営む人の本を見て、私も海外に行ってみたくなりました。

 

小説を読んだ影響もあったのかもしれませんが「最大の目的はヤフーオークションで売るための商品を仕入れる為でした。」(当時リアル店舗の方はあまりネット進出してなかった印象です。)

紀行小説:深夜特急 沢木 耕太郎(著)

私はまったく英語が出来ないので不安もありましたが、とりあえず金融屋で調達した50万を握りしめ、その本とガイドブック、簡単な英語の旅行ブックをもってHISで航空券を買いバンコクへ飛びました。

 

夜中に空港へ到着したのですが、タクシー運ちゃんに行き先のメモを渡して車に乗ると道路を140キロくらいで爆走する運ちゃん・・・。

刺激的なバンコクの夜、無事なんとか宿に到着しホテル内のレストランで遅い夕食を取り、その日はすぐに眠りにつきました。

 

次の朝チャトゥチャックに行ってみようと思い立ち再びタクシーに乗りました。

また昨日のおっさんのようにえらい飛ばすのですが、中々到着しません、・・・?何か見たような景色が・・・?そうなのです・・・。

 

この運転手のおっさん、チャトゥチャックに行くまでに「同じところをグルグル回ってタクシーメーターを上げとるんです。」


どうやら日本人をカモやと思ってるようでした。

バンコクでは日本人の観光客をよく見ました。カオサンなどは日本人大学生の旅行者であふれていました。

ホテルで知り合った日本人のエピソード1、その日本の方は何度かバンコクへ来てたらしいのですが、どうもタイ人の情婦にほれて結婚すると言っていたのですが・・・。

 

しかもホテルで情婦と会っていて、本人が風呂にはいってる間に財布の金がなぜか減っていた・・・。

さらに同一情婦と食事に行ってトイレに行って帰ってきたら、カバンの中の財布から、さらに金は減ってたんだけど、どう思う?と彼は私に聞いてきたんですがどう答えてよいものやら・・・。

 

何で結婚という話になったのかまでは聞きませんでしたが女がそう話を持ち掛けてきたのでしょうか・・・?

エピソード2バンコクの情報も手持ちの本しかないので日本大使館で何か聞けるかなと思い、行ってみると、ある日本人と知り合いました。

 

彼から話を聞いてみるとカオサンの安宿に泊まっていて、パスポートは厳重に枕の下に隠して寝ていたそうですが、爆睡してる間に誰かが部屋に侵入してきて枕の下にあったはずのパスポートを盗んで行ったらしいのです。

私は、盗まれたことより寝てるところに誰かが入ってきたことの方が衝撃的でした。

私はその話を聞いてから海外で宿に泊まる時は、ドアの前に椅子などを置いて上にコップなどを置き誰かが、ドアを開けた場合衝撃で、下に落ちるように仕掛けを用意して寝るようになりました・・・。

 

エピソード3昔バイト先で知り合った浜本さんがバンコクのおかまバーかなんかで財布をスラレタらしいのですが、手口は店で飲んでる時に、おかまがいきなり股間を掴んできたそうで気がそっちに集中してる時に、どうもズボンの後ろポケットに入れてたらしい財布をスラレて警察に届けたらしいのですが、数日後ちょっと内容は思い出せませんが、またどこかでスラレて同じ警察に行き、「又お前か!」・・・みたいな顔をされたようです。

 

タイ人警官はスリに合う日本人はめずらしく無くても、連続で2回も来る日本人はめずらしかったのでしょうか・・・。

タイではスリが多いのか、はたまた日本人の平和ボケ旅行者が多いのか、どちらなんでしょうか・・・?

う~ん日本ではありえない話ですな~ますます用心しないとと思った次第です・・・。


チャトゥチャックの探索もタンノウし次は本に載っていた伊勢丹前の何とかというビルやチャルンクルン通りのシルバー925アクセサリーの卸屋街など色々回り、(宝石の付いたシルバーアクセサリーとかも売ってる店もありました。)何とか身振り手振りで50万円分購入して帰国につきました。

ただ、売れるかな・・・?と、今までの自分の過去の体験から考えると売れなくて損するのがせきのやまなのではとも思いましたが、結果は以外によく売れて数か月後には、またバンコクへ向かうことになりました。

次は宝石の見本市とかも行ってみたりして実際商品を受注生産してもらったりもしましが、結果は見本の宝石より出来上がった商品の宝石の質が悪かったり、受注量の何分の1しか送ってこなかったりとか騙される失敗もありました。

でも値段自体が安かったのでトータルでは+で損することはありませんでした・・・。

 

1回目に行ったバンコクのサンデーマーケットで購入したサングラスもほとんど売れたので3回目くらいに今度は香港のサングラス見本市に行き、色々見ていましたが私は英語が出来ないのでどう交渉していいか解らず困ったのですが、たまたま日本語をしゃべれる在米台湾人経営者の方に声をかけられて、そこで商品をなんとか仕入れできたので運も良かったのだと思います。

ただ不良品率がとても高くレンズの色が左右微妙に違ったりする品も多く含まれいて捨てる商品も多かったのですがそれでも1個300円くらいの仕入れでヤフオクで当時3000円くらいで売れました。

初アメリカ

2002~2003年頃

商品が少なくなると、その香港で出会った在米台湾人の経営者の名刺をたよりに店舗のあるロサンゼルスへ行ってみたのですが、空港でレンタカーを借りてホテルにたどり着くだけでも難儀しました。

頼みはロスの本の地図とナビを入れたPDAでした。

初代iPhoneが出たのが2007年ですので似たような感じのPDAにナビを期待していたのですが、どうもアメリカに付くとナビが起動できなかった。(帰ってからPCで再インストールしたら動いた。)

再インストールにはPCが必要でした。

どうも飛行機内で電源を切っていると調子悪くなるのです・・。

 

しかたがないので、初めての左ハンドルの車を運転しフリーウェイを走りホテルに向かおうとしましたが、回りが皆140キロくらいで走ってるし、本の地図を見ながら運転する余裕がまったくありません。

とりあえず、高層ビルが目立つ降り口で降りてじっくり探すことにしましたが、う~ん3時間くらいかかりました・・・。

 

ホテルにようやく到着して、ちょっと買い出しに行こうと思い歩いて小売店に向かったのですが、人少なッ!・・・。

休日だったのか?夜だったし、店に入ると何やら映画のようにレジは防弾ガラスでおおわれていて小口窓から店主が手を出すし、帰り道に前を見ると前から2人の□人の方がこちらへあるいてくる・・・。

ひっそりした暗闇に不気味さがただよう・・・。

 

なんか振り返って、Uターンするのも失礼かなと思うし、だんだん近づいてくるし、コワッ・・・「でかッ!」・・・何とかホテルに戻れ、まったりしてると、何やら外からヘルプミーという声が?、窓から覗き込むと何やらパトカーが?、まるで映画のように、誰かが手錠を後ろ向きにかけられて警官に連行されていきました・・・。

う~ん日本はやっぱり平和なんだ~・・・。

 

翌朝台湾人経営者の店に何とか到着できました。

色々注文も出来てまあ、よかったです。

その日は確かバレンタインデーのようでした。

どうも店主の娘さんに誰かが花束を持ってきたようです・・・。

外国はチョコレートと違うんですね・・・。

私は店主から食事に誘われたので、したたなく店が終わるのを待ってたのですが、その店夕方5時くらいに閉店してました。

日本よりだいぶ閉店時間が早いなと思い、私は店主に聞いてみました。

店主は一言危ない!っと言ってましたが・・・?

 

そんなアメリカって治安わるいのでしょうか・・・?

確かに昨夜、買い出しに行ったホテル近くの店内レジは防弾ガラスでおおわれていたけれど・・・。

あとエピソードで何か記憶が?覚いだせないですが他にももう一回逮捕シーンを見たような、う~ん、思い出せない・・・。


そんなこんなで

ヤフオク以外にネットショップも開業し純利益が月40万くらいが「3年以上続きましたが」、やはりライバルも増えるしプロは参入してくるし受給悪化で売れなくなり家の中は何千個の商品在庫で山になり最後はマトメて叩き売って整理しましたが、転売がやりやすかったですね。

 

新聞の広告でヤマダ電機で安く売ってた複合機とか買ってネットに出すと1万くらい儲けがでたし。

米e-bayで仕入れしてヤフオクで売れば1個1万儲かり10個売れば10万さやがとれてましたし日本からe-ayで売って海外に発送してた時期もありましたが1~2年くらいで労力の割に儲からなかったので断念しました・・・。

浜本さんは、ある商品をヤフオクで月最高800万売り上げたと言ってたので1個2万として400個、1個さやが最低8000円として純利益もそうとうあったと推測してしまいます・・・。

一人で出来る手間は同じなので、単価の安い商品を扱ったのも悪かったようです・・・。

まとめ

う~ん何というか、うまくいくはずが無いと思っても時代と受給の関係で運よく流れる時もあるんですね~本業で仕事が無い時代3年半くらいはネットで食べれましたから、流れに乗り切れなかったのは頭の悪さと素人ゆえの知識と、勉強不足とやはり運でしょうか・・。

 

続けれる人は続いてるんですよね、最近ヤフオクで落札した商品がアマゾンから届いたことがありました。

大量の商品を海外で作らせてアマゾンの倉庫から直接配送してもらってるんですね・・・。

以前見た動画でひろゆき氏がそんな事行ってたな、せどりも進化してるようです。

トレードステーション

 

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