結論から言うと、石油が止まれば物価は崩壊し、トイレットペーパーどころか食料・ガソリン・電気代まですべてが狂乱する。1973年にそれは実際に起きた。
2026年2月28日、米・イスラエルがイランを空爆した。翌日にはXで「トイレットペーパーが売り切れ」の声が相次いだ。50代の私にも記憶がない「オイルショック」。でも歴史を調べたら、今の状況とあまりにも似ていて背筋が凍った。この記事では、歴史的事実と数字をもとに、今後の日本経済への影響シナリオを解説する。
今日Xでトイレットペーパー減ってる地域の投稿が流れてきた!
トイレットペーパー売り切れてるわ。本気で馬鹿ばかりなんだな… pic.twitter.com/arkpTMDCCd
— @相模原市中央区上溝七丁目 (@kamimizo7) March 3, 2026
頭にはあったが、一応ということで私の地域のスーパーに行ってみた。
まあ奥の方が少し減ってるかな、いつもより1.5割ほど少ない印象だ!
念のために2個ほど買って帰った!
過去のオイルショックについても調べてみました!
オイルショックとは何か
一言で言うと、「中東の石油が止まって日本経済が崩壊しかけた事件」だ。
オイルショックは2回ある。第1次が1973年、第2次が1979年。どちらも中東の戦争・革命が引き金になった。
戦後の高度経済成長を支えていたのは安い石油だった。当時の日本は石油の99%を輸入に頼り、その約8割が中東産。つまり中東で何かが起これば、日本経済は直撃を受ける構造になっていた。
その「何か」が実際に起きたのが1973年。戦後の高度経済成長はここで終わり、日本は低成長時代に突入した。
なぜ第1次オイルショックは起きたのか(1973年)
1973年10月6日、第4次中東戦争が勃発した。エジプトとシリアがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けた戦争だ。
これに対し、アラブ産油国は石油を「武器」として使う戦略を選んだ。イスラエルを支持する国への石油輸出を削減・禁止し、OPEC(石油輸出国機構)が原油公示価格を一気に70%引き上げた。
そこから3ヶ月で、原油価格は約4倍に跳ね上がった。
| 時期 | 価格(1バレル) | 変化 |
|---|---|---|
| 1973年1月 | 2.59ドル | 基準 |
| 1973年10月(戦争直後) | 5.12ドル | 約2倍 |
| 1974年1月(最終値上げ後) | 11.65ドル | 約4倍 |
出典:Federal Reserve History – Oil Shock of 1973-74、ENEOS石油便覧「石油危機と石油高価格の時代」
わずか3ヶ月で石油が4倍。石油に依存しきっていた日本経済に、この衝撃は計り知れなかった。
なぜ第2次オイルショックは起きたのか(1979年)── イランと石油利権の70年
第2次オイルショックの発端はイラン革命だ。だが、その背景を理解するには1953年まで遡る必要がある。
1953年──アメリカがイランの政権を作り替えた
1953年、CIAはイランでクーデターを実行し、民主的に選ばれたモサデグ首相を追放した。代わりに親米のパフラビー国王(モハンマド・レザー・シャー)を権力の座に据えた。
目的は石油利権の確保だ。モサデグ首相はイギリス系石油会社の国有化を進めていた。それを阻止するために、アメリカとイギリスは政権そのものを入れ替えた。
1979年──反動のイスラム革命
パフラビー国王は近代化を進めたが、秘密警察による弾圧、貧富の格差拡大、西洋文化の押し付けに対する国民の怒りが積み重なった。
1979年、ホメイニ師を中心とするイスラム革命が勃発。国王は国外に追放された。革命の混乱でイランの石油生産が激減し、世界の原油供給に大きな穴が空いた。
原油価格はOPEC公示価格ベースで3年間に約2.7倍に高騰した。
出典:資源エネルギー庁「日本のエネルギー、150年の歴史④」
そして2026年──その革命政権がいま揺れている
歴史を時系列に並べると、構造が見える。
1953年、アメリカがCIAクーデターで親米政権を作った。1979年、その親米政権への怒りが爆発してイスラム革命が起きた。2026年、その革命政権をアメリカが空爆している。
70年かけて一周した因果応報だ。そしてその全ての背景にあるのは、石油利権と中東の覇権争いだ。
| この70年の歴史を知ると、今Xで拡散している「トイレットペーパーが売り切れ」というパニックがどれだけ表面的な反応かわかる。 |
なぜトイレットペーパーが消えたのか
トイレットペーパーは石油とほぼ無関係だ。原料はパルプ(木材)で、製造も国内が中心。中東で戦争が起きても、トイレットペーパーの供給には本来影響しない。
ではなぜ消えたのか。答えは「デマとパニック」だ。
1973年10月、中曽根通産大臣がテレビで「紙の節約を」と呼びかけた。これは省エネ全般の発言だったが、消費者は「紙がなくなる」と受け取った。翌11月、大阪のスーパーで買い占め騒動が発生。ニュースで全国報道され、全国のスーパーに連鎖した。
| 日付 | 出来事 |
|---|---|
| 1973年10月 | 中曽根通産大臣がテレビで「紙の節約を」と発言 |
| 1973年11月 | 大阪のスーパーでトイレットペーパー買い占め騒動発生 |
| 1973年11月〜 | 全国のスーパーで品切れ。平時の1.5〜3倍でも即完売 |
| 1974年3月 | 政府が標準価格を設定しようやく収束 |
構造は単純だ。「石油が止まる」→「紙も止まるのでは?」→「テレビで品切れ映像」→「私も買わなきゃ」→「本当に品切れ」。恐怖が行動を変え、行動が恐怖の現実を作る。
2020年のコロナ禍でも全く同じ現象が起きた。そして2026年、Xで同じパニックが拡散している。53年間、日本人は同じことを繰り返している。
当時の平均賃金はどうなったか
オイルショック後、日本の賃金は急上昇した。1974年の春闘(大企業の賃上げ交渉)では前年比+32.9%という史上最高の賃上げ率を記録した。
しかし同年の消費者物価上昇率は+23.2%。給料が33%上がっても物価が23%上がれば、実質的な生活改善は限定的だ。さらに中小企業の賃上げは大企業ほどではなかったから、物価上昇に追いつけない家庭も多かった。
出典:厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」、総務省統計局「消費者物価指数」
重要なのはここだ。1974年の日本には「賃金が年20〜30%上がる」という前提があった。だからこそ物価上昇にもある程度耐えられた。しかし2026年の日本では、賃金は約30年間ほぼ横ばいだ。もし同じ規模の物価上昇が起きたら、耐えられる家庭は激減する。
ガソリン価格はどう変動したか
東京都区部のガソリン小売価格の推移を見ると、オイルショックの衝撃がよくわかる。
| 時期 | ガソリン価格(東京都区部) |
|---|---|
| 1966年 | 51円/L |
| 1973年(第1次直前) | 60円台前半 |
| 1977年(第1次後) | 120円台 |
| 1982年(ピーク) | 172〜177円 |
出典:総務省統計局「小売物価統計調査(動向編)」
7年間でガソリンは51円から120円台へ。さらに第2次オイルショック後の1982年には172〜177円まで上昇した。今の感覚で言えば、1リットル170円のガソリンが突然400円を超えるようなインパクトだ。
物価全体の「狂乱」とその他の影響
1974年の消費者物価上昇率は+23.2%。当時のマスコミはこれを「狂乱物価」と呼んだ。石油だけでなく、食料品・日用品・電気代・ガス代、生活に関わるほぼ全てが一斉に値上がりした。
物価以外にも、日本社会全体に大きな影響が及んだ。
| 変化した場面 | 内容 |
|---|---|
| ガソリンスタンド | 日曜祝日の営業禁止 |
| テレビ | 深夜放送(23時以降)停止 |
| 銀座・繁華街 | ネオンサイン消灯 |
| 自動車販売 | 前年比数十%減 |
| 政府の呼びかけ | 「日曜ドライブ自粛」「暖房設定温度を下げろ」 |
なぜ企業倒産が急増したか
原油が4倍になれば、工場の燃料費が跳ね上がる。トラック輸送のコストも急騰する。製造コストと輸送コストが同時に上がれば、企業の収益は圧迫される。
さらに政府はインフレを抑えるため、日銀が公定歩合を9%まで引き上げた。金利が上がれば借入コストが増え、中小企業は資金繰りに行き詰まる。原材料高・輸送コスト高・金利高のトリプルパンチで、企業倒産が急増した。
こうして戦後の高度経済成長は終わり、日本経済は低成長時代に入った。
1973年と2026年を比べると何が見えるか
2026年のイラン空爆と1973年のオイルショック。半世紀を隔てた2つの危機を並べると、構造的な共通点が浮かぶ。
| 比較 | 1973年 | 2026年 |
|---|---|---|
| 発端 | 第4次中東戦争 | 米・イスラエルがイランを空爆 |
| 石油リスク | アラブ産油国が禁輸・減産 | ホルムズ海峡封鎖リスク |
| 日本の中東石油依存 | 約80% | 約95% |
| 情報拡散 | テレビ・口コミ | XがパニックをRT拡散 |
| トイレットペーパー | 大阪発→全国品切れ | X発→一部地域で売り切れ |
※中東石油依存率の2026年値は2024年度実績(約95%)。出典:nippon.com「石油の中東依存度95%超」、資源エネルギー庁「エネルギーの歴史」
注目すべきは中東石油依存率だ。1973年の約80%から、2024年には約95%へとむしろ上昇している。エネルギー源の多様化は進んだが、石油の調達先はかえって中東に集中してしまった。
では日本の「耐久力」は53年前と比べてどう変わったのか。
| 比較項目 | 1973年 | 2026年 | 評価 |
|---|---|---|---|
| 石油依存率(一次エネルギー全体) | 約75% | 約40% | 改善 |
| 国家石油備蓄 | ほぼゼロ | 約200日分 | 大幅改善 |
| エネルギー多様化 | 石油一辺倒 | 原子力・LNG・再エネあり | 改善 |
| 賃金の伸び | 毎年+20%前後 | 約30年ほぼ横ばい | 大幅悪化 |
| 物価上昇への家計耐性 | 比較的高い | 極めて低い | 大幅悪化 |
インフラ面は確実に強くなった。しかし「家計の体力」は比較にならないほど弱い。1973年の日本人は給料が毎年20〜30%上がる時代に生きていた。2026年の日本人は、給料がほとんど上がらない時代に生きている。同じ規模の物価上昇が来たとき、受ける衝撃は桁違いだ。
今後の3つのシナリオ
2026年のイラン情勢が今後どう展開するかは誰にもわからない。ただし、歴史をもとに3つのシナリオを想定することはできる。
シナリオA「短期収束」
イランの新体制が早期に安定し、ホルムズ海峡は封鎖されない。原油価格は一時的に上昇するが、数ヶ月で落ち着く。トイレットペーパーの買い占めは「2020年のコロナと同じ無駄なパニック」として終わる。
シナリオB「原油高騰・長期化」
イランが抵抗を続け、中東情勢が不安定化する。ホルムズ海峡(世界の原油の約2割が通過する要衝)の封鎖リスクが高まる。ガソリン・灯油・電気代・食料品・日用品が連鎖的に値上がりする。
シナリオC「第3次オイルショック」
中東全体に戦火が拡大し、石油供給が本格的に遮断される。賃金が上がらない今の日本への打撃は、1973年より大きくなる可能性がある。
| 現時点ではどのシナリオになるか不明。ただし備えるコストは安く、備えない後悔は大きい。 |
まとめ──トイレットペーパーより先に備えるべきもの
| 【結論】53年間、日本人は同じパニックを繰り返している。
トイレットペーパーは国内生産。中東情勢とは無関係。買い占め不要。 |
トイレットペーパーを買い占めても、中東情勢は変わらない。パルプが原料の国内生産品を奪い合う意味はない。
本当に備えるべきものは、石油価格の高騰が直撃する分野だ。
| 優先順位 | 備蓄品 | 理由 |
|---|---|---|
| ★★★ | ガソリン(満タン維持) | 輸送コスト上昇で真っ先に影響 |
| ★★★ | 灯油(寒い地域:冬は1〜2缶) | 価格高騰前に確保 |
| ★★ | 食料品(ローリングストック) | 輸送コスト転嫁で全食品が値上がり |
| ★★ | 日用品(1〜2ヶ月分) | 石油由来製品の値上がり |
| ★ | 現金 | インフラ障害への備え |
50代の私が生まれたのは60年代。オイルショックの記憶はない。でも歴史を調べて、あの混乱の大きさがよくわかった。歴史を知ることが、パニックに踊らされない最大の武器だと思う。












