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なぜトイレットペーパーが消えるのか|1973年から2026年まで53年間繰り返すパニックの構造

備蓄

中東で戦争が起きると、日本人の生活はどう変わるのか?

結論から言うと、石油が止まれば物価は崩壊し、トイレットペーパーどころか食料・ガソリン・電気代まですべてが狂乱する。1973年にそれは実際に起きた。

2026年2月28日、米・イスラエルがイランを空爆した。翌日にはXで「トイレットペーパーが売り切れ」の声が相次いだ。50代の私にも記憶がない「オイルショック」。でも歴史を調べたら、今の状況とあまりにも似ていて背筋が凍った。この記事では、歴史的事実と数字をもとに、今後の日本経済への影響シナリオを解説する。

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今日Xでトイレットペーパー減ってる地域の投稿が流れてきた!

頭にはあったが、一応ということで私の地域のスーパーに行ってみた。

まあ奥の方が少し減ってるかな、いつもより1.5割ほど少ない印象だ!
念のために2個ほど買って帰った!

過去のオイルショックについても調べてみました!

オイルショックとは何か

一言で言うと、「中東の石油が止まって日本経済が崩壊しかけた事件」だ。

オイルショックは2回ある。第1次が1973年、第2次が1979年。どちらも中東の戦争・革命が引き金になった。

戦後の高度経済成長を支えていたのは安い石油だった。当時の日本は石油の99%を輸入に頼り、その約8割が中東産。つまり中東で何かが起これば、日本経済は直撃を受ける構造になっていた。

その「何か」が実際に起きたのが1973年。戦後の高度経済成長はここで終わり、日本は低成長時代に突入した。

なぜ第1次オイルショックは起きたのか(1973年)

1973年10月6日、第4次中東戦争が勃発した。エジプトとシリアがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けた戦争だ。

これに対し、アラブ産油国は石油を「武器」として使う戦略を選んだ。イスラエルを支持する国への石油輸出を削減・禁止し、OPEC(石油輸出国機構)が原油公示価格を一気に70%引き上げた。

そこから3ヶ月で、原油価格は約4倍に跳ね上がった。

時期 価格(1バレル) 変化
1973年1月 2.59ドル 基準
1973年10月(戦争直後) 5.12ドル 約2倍
1974年1月(最終値上げ後) 11.65ドル 約4倍

出典:Federal Reserve History – Oil Shock of 1973-74、ENEOS石油便覧「石油危機と石油高価格の時代」

わずか3ヶ月で石油が4倍。石油に依存しきっていた日本経済に、この衝撃は計り知れなかった。

なぜ第2次オイルショックは起きたのか(1979年)── イランと石油利権の70年

第2次オイルショックの発端はイラン革命だ。だが、その背景を理解するには1953年まで遡る必要がある。

1953年──アメリカがイランの政権を作り替えた

1953年、CIAはイランでクーデターを実行し、民主的に選ばれたモサデグ首相を追放した。代わりに親米のパフラビー国王(モハンマド・レザー・シャー)を権力の座に据えた。

目的は石油利権の確保だ。モサデグ首相はイギリス系石油会社の国有化を進めていた。それを阻止するために、アメリカとイギリスは政権そのものを入れ替えた。

1979年──反動のイスラム革命

パフラビー国王は近代化を進めたが、秘密警察による弾圧、貧富の格差拡大、西洋文化の押し付けに対する国民の怒りが積み重なった。

1979年、ホメイニ師を中心とするイスラム革命が勃発。国王は国外に追放された。革命の混乱でイランの石油生産が激減し、世界の原油供給に大きな穴が空いた。

原油価格はOPEC公示価格ベースで3年間に約2.7倍に高騰した。

出典:資源エネルギー庁「日本のエネルギー、150年の歴史④」

そして2026年──その革命政権がいま揺れている

歴史を時系列に並べると、構造が見える。

1953年、アメリカがCIAクーデターで親米政権を作った。1979年、その親米政権への怒りが爆発してイスラム革命が起きた。2026年、その革命政権をアメリカが空爆している。

70年かけて一周した因果応報だ。そしてその全ての背景にあるのは、石油利権と中東の覇権争いだ。

この70年の歴史を知ると、今Xで拡散している「トイレットペーパーが売り切れ」というパニックがどれだけ表面的な反応かわかる。

なぜトイレットペーパーが消えたのか

トイレットペーパーは石油とほぼ無関係だ。原料はパルプ(木材)で、製造も国内が中心。中東で戦争が起きても、トイレットペーパーの供給には本来影響しない。

ではなぜ消えたのか。答えは「デマとパニック」だ。

1973年10月、中曽根通産大臣がテレビで「紙の節約を」と呼びかけた。これは省エネ全般の発言だったが、消費者は「紙がなくなる」と受け取った。翌11月、大阪のスーパーで買い占め騒動が発生。ニュースで全国報道され、全国のスーパーに連鎖した。

日付 出来事
1973年10月 中曽根通産大臣がテレビで「紙の節約を」と発言
1973年11月 大阪のスーパーでトイレットペーパー買い占め騒動発生
1973年11月〜 全国のスーパーで品切れ。平時の1.5〜3倍でも即完売
1974年3月 政府が標準価格を設定しようやく収束

 

構造は単純だ。「石油が止まる」→「紙も止まるのでは?」→「テレビで品切れ映像」→「私も買わなきゃ」→「本当に品切れ」。恐怖が行動を変え、行動が恐怖の現実を作る。

2020年のコロナ禍でも全く同じ現象が起きた。そして2026年、Xで同じパニックが拡散している。53年間、日本人は同じことを繰り返している。

当時の平均賃金はどうなったか

オイルショック後、日本の賃金は急上昇した。1974年の春闘(大企業の賃上げ交渉)では前年比+32.9%という史上最高の賃上げ率を記録した。

しかし同年の消費者物価上昇率は+23.2%。給料が33%上がっても物価が23%上がれば、実質的な生活改善は限定的だ。さらに中小企業の賃上げは大企業ほどではなかったから、物価上昇に追いつけない家庭も多かった。

出典:厚生労働省「民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況」、総務省統計局「消費者物価指数」

重要なのはここだ。1974年の日本には「賃金が年20〜30%上がる」という前提があった。だからこそ物価上昇にもある程度耐えられた。しかし2026年の日本では、賃金は約30年間ほぼ横ばいだ。もし同じ規模の物価上昇が起きたら、耐えられる家庭は激減する。

ガソリン価格はどう変動したか

東京都区部のガソリン小売価格の推移を見ると、オイルショックの衝撃がよくわかる。

時期 ガソリン価格(東京都区部)
1966年 51円/L
1973年(第1次直前) 60円台前半
1977年(第1次後) 120円台
1982年(ピーク) 172〜177円

出典:総務省統計局「小売物価統計調査(動向編)」

7年間でガソリンは51円から120円台へ。さらに第2次オイルショック後の1982年には172〜177円まで上昇した。今の感覚で言えば、1リットル170円のガソリンが突然400円を超えるようなインパクトだ。

物価全体の「狂乱」とその他の影響

1974年の消費者物価上昇率は+23.2%。当時のマスコミはこれを「狂乱物価」と呼んだ。石油だけでなく、食料品・日用品・電気代・ガス代、生活に関わるほぼ全てが一斉に値上がりした。

物価以外にも、日本社会全体に大きな影響が及んだ。

変化した場面 内容
ガソリンスタンド 日曜祝日の営業禁止
テレビ 深夜放送(23時以降)停止
銀座・繁華街 ネオンサイン消灯
自動車販売 前年比数十%減
政府の呼びかけ 「日曜ドライブ自粛」「暖房設定温度を下げろ」

なぜ企業倒産が急増したか

原油が4倍になれば、工場の燃料費が跳ね上がる。トラック輸送のコストも急騰する。製造コストと輸送コストが同時に上がれば、企業の収益は圧迫される。

さらに政府はインフレを抑えるため、日銀が公定歩合を9%まで引き上げた。金利が上がれば借入コストが増え、中小企業は資金繰りに行き詰まる。原材料高・輸送コスト高・金利高のトリプルパンチで、企業倒産が急増した。

こうして戦後の高度経済成長は終わり、日本経済は低成長時代に入った。

1973年と2026年を比べると何が見えるか

2026年のイラン空爆と1973年のオイルショック。半世紀を隔てた2つの危機を並べると、構造的な共通点が浮かぶ。

比較 1973年 2026年
発端 第4次中東戦争 米・イスラエルがイランを空爆
石油リスク アラブ産油国が禁輸・減産 ホルムズ海峡封鎖リスク
日本の中東石油依存 約80% 約95%
情報拡散 テレビ・口コミ XがパニックをRT拡散
トイレットペーパー 大阪発→全国品切れ X発→一部地域で売り切れ

※中東石油依存率の2026年値は2024年度実績(約95%)。出典:nippon.com「石油の中東依存度95%超」、資源エネルギー庁「エネルギーの歴史」

注目すべきは中東石油依存率だ。1973年の約80%から、2024年には約95%へとむしろ上昇している。エネルギー源の多様化は進んだが、石油の調達先はかえって中東に集中してしまった。

では日本の「耐久力」は53年前と比べてどう変わったのか。

比較項目 1973年 2026年 評価
石油依存率(一次エネルギー全体) 約75% 約40% 改善
国家石油備蓄 ほぼゼロ 約200日分 大幅改善
エネルギー多様化 石油一辺倒 原子力・LNG・再エネあり 改善
賃金の伸び 毎年+20%前後 約30年ほぼ横ばい 大幅悪化
物価上昇への家計耐性 比較的高い 極めて低い 大幅悪化

インフラ面は確実に強くなった。しかし「家計の体力」は比較にならないほど弱い。1973年の日本人は給料が毎年20〜30%上がる時代に生きていた。2026年の日本人は、給料がほとんど上がらない時代に生きている。同じ規模の物価上昇が来たとき、受ける衝撃は桁違いだ。

今後の3つのシナリオ

2026年のイラン情勢が今後どう展開するかは誰にもわからない。ただし、歴史をもとに3つのシナリオを想定することはできる。

シナリオA「短期収束」

イランの新体制が早期に安定し、ホルムズ海峡は封鎖されない。原油価格は一時的に上昇するが、数ヶ月で落ち着く。トイレットペーパーの買い占めは「2020年のコロナと同じ無駄なパニック」として終わる。

シナリオB「原油高騰・長期化」

イランが抵抗を続け、中東情勢が不安定化する。ホルムズ海峡(世界の原油の約2割が通過する要衝)の封鎖リスクが高まる。ガソリン・灯油・電気代・食料品・日用品が連鎖的に値上がりする。

シナリオC「第3次オイルショック」

中東全体に戦火が拡大し、石油供給が本格的に遮断される。賃金が上がらない今の日本への打撃は、1973年より大きくなる可能性がある。

現時点ではどのシナリオになるか不明。ただし備えるコストは安く、備えない後悔は大きい。

まとめ──トイレットペーパーより先に備えるべきもの

【結論】53年間、日本人は同じパニックを繰り返している。

トイレットペーパーは国内生産。中東情勢とは無関係。買い占め不要。
本当に備えるべきもの:ガソリン満タン・灯油・食料ローリングストック
2026年が1973年より怖い理由:インフラは強くなったが、家計の耐久力は圧倒的に弱い

トイレットペーパーを買い占めても、中東情勢は変わらない。パルプが原料の国内生産品を奪い合う意味はない。

本当に備えるべきものは、石油価格の高騰が直撃する分野だ。

優先順位 備蓄品 理由
★★★ ガソリン(満タン維持) 輸送コスト上昇で真っ先に影響
★★★ 灯油(寒い地域:冬は1〜2缶) 価格高騰前に確保
★★ 食料品(ローリングストック) 輸送コスト転嫁で全食品が値上がり
★★ 日用品(1〜2ヶ月分) 石油由来製品の値上がり
現金 インフラ障害への備え
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50代の私が生まれたのは60年代。オイルショックの記憶はない。でも歴史を調べて、あの混乱の大きさがよくわかった。歴史を知ることが、パニックに踊らされない最大の武器だと思う。

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